大判例

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東京地方裁判所 平成5年(ワ)20864号 判決 1994年8月23日

原告

斎藤訓

ほか二名

被告

渡辺敦好

ほか一名

主文

一  被告渡辺敦好は、原告斉藤定子に対し金七四八万八二四五円、同斉藤訓、同斉藤昌子に対し各金三七四万四一二二円、及びこれらに対する平成四年三月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告渡辺敦好に対するその余の請求及び被告渡辺忠道に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、被告渡辺忠道に生じた分は原告らの負担とし、その余の費用は被告渡辺敦好の負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告らは、各自、原告斉藤定子に対し金七五九万〇九七九円、同斉藤訓、同斉藤昌子に対し各金三七九万五四八九円、及びこれらに対する平成四年三月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、飲酒の上、普通乗用車をいねむり運転した者が、道路左側を歩行していた男性と衝突し、同男性を死亡させたことから、男性の相続人が普通乗用車の運転者と、その父親が損害賠償債務を連帯保証したとして、同父親を相手に損害賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成四年三月二日午後一〇時ころ

事故の場所 埼玉県深谷市営磐町七〇番地二先、深谷市道上

加害者 被告渡辺敦好(以下「被告敦好」という。加害車両運転)

加害車両 普通乗用自動車(熊谷五七ら七九六四)

被害者 訴外斉藤久芳

事故の態様 被告敦好が加害車両を運転して、右深谷市道を東松山市方面から境町方面に向かい時速約五〇キロメートルで進行中、睡眠不足と飲酒の影響で仮眠状態となり、同道路の進路前方左側を同方向に歩行中の被害者に衝突させた。

なお、同被告は、右運転の直前に焼酎(二〇度、七二〇ml)の一〇分の七を飲酒しており、右衝突後に被害者の救護活動をせず、そのまま逃走した。

事故の結果 被害者は、頭蓋骨骨折のため即死した。

2  責任原因

被告敦好は、自己のため加害車両を運転した上に、前示仮眠状態のまま運転した過失により本件事故を起こしたから自賠法三条及び民法七〇九条に基づき、本件事故について損害賠償責任を負う。

3  損害の一部填補

原告らは、自賠責保険の被害者請求により、原告斉藤定子につき一二四七万六九〇〇円、同斉藤訓、同斉藤昌子につき各六二三万八四五〇円の合計二四九五万三八〇〇円の填補を受けた。

三  本件の争点

1  被告渡辺忠道による連帯保証の有無

(一) 原告らの主張

被告渡辺忠道(以下「被告忠道」という。)は、被告敦好の父親であつて、右事故の数日後である平成四年三月七日、被害者の弔問に訪れた際、原告らに対し、被告敦好の損害賠償債務について、同被告に連帯して保証する旨を約した。被告忠道は、被告敦好の裁判においても右保証の事実を証言している。

(二) 被告忠道の主張

右連帯保証の事実を否認する。

2  原告らの損害額

(一) 原告らの主張

(1) 逸失利益 一三五〇万一九五七円

被害者は、本件事故当時六八歳で東京ワツクス株式会社に勤務する会社員であり、事故前年の平成三年は同社から三八三万〇七九九円の給与所得を得ていた。そして、平均余命の二分の一の期間である七年間は就労が可能であるから、右給与金額を基礎とし、生活費控除を四〇パーセントとして(被害者の被扶養者は原告斉藤定子一名である。)、中間利息を控除した右金額がその逸失利益である。

原告斉藤定子は被害者の妻、同斉藤訓、同斉藤昌子はいずれも被害者の子であり、各原告が右逸失利益を法定相続分の割合で相続した。

(2) 葬儀関係費用その他 一二三万三八〇〇円

原告らは、法定相続分の割合で、被害者の葬儀費用(本件事故との相当因果関係分は一二〇万円である。)と被害者の救護費用三万三八〇〇円を負担した。

(3) 慰謝料 二四〇〇万円

被害者死亡による慰謝料として、原告斉藤定子につき一二〇〇万円、同斉藤訓、同斉藤昌子につき各六〇〇万円を請求する。

なお、慰謝料算定に当たつては、前示本件事故の態様、被告らの不誠実な態度、原告斉藤定子にあつては、被害者が国鉄共済組合年金等合計年額二八二万六一三二円の年金所得があり、それによる扶養利益を喪失したことも斟酌すべきである。

(4) 弁護士費用 一四〇万円

原告斉藤定子につき七〇万円、同斉藤訓、同斉藤昌子につき各三五万円を請求する。

(二) 被告ら

原告らの損害額は不知。

慰謝料算定に当たつては、被告らが被害者の通夜及び葬式に参列し、その後も月二回は寺に御参りしていることを斟酌すべきである。

第三争点に対する判断

一  被告渡辺忠道による連帯保証の有無

1  甲二、三、五、原告斉藤訓、被告忠道(一部)に前示争いのない事実を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 被告忠道は、被告敦好の父親であり、また、被告敦好が昭和四四年二月九日生まれで資力のない者であつたことから、原告らに対し、被害者の初七日の前日である平成四年三月七日に被害者の弔問に訪れた際、命を返してくれと言われても無理なので、お金で補償するしかない、できる限りのことはする旨を、また、同年四月一八日に被害者のため線香を上げに来た時も、自賠責で足りない分は請求願いたい、私ができる範囲のことはする旨をそれぞれ語つた。しかし、いずれの機会も、当事者間で被告忠道が具体的にどの程度の金額を支払うべきかについてのやりとりはなかつた。

(2) 被告敦好は、同年三月一九日業務上過失致死の罪名で起訴され、同年六月一五日執行猶予付きの懲役刑が宣告されたところ、その刑事事件の公判廷において、被告忠道は、自賠責保険の不足分を同被告に請求するように原告らに話したが、相手方は弁護士に委任したため直接の話はできていない、相手方の請求をまつてできるだけのことはしたいが、どの程度負担し得るかの目処はまだ考えていない旨を証言した。

(3) 同年一〇月八日に自賠責保険の支給金額が判明したことから、原告らは、被告忠道と具体的な話をするため、その頃、保険代理店の吉野を通じて同被告と原告斉藤訓の自宅で会合を持つための日どりを決めたが、同被告は来なかつた。

右認定の事実が認められ、これに反する被告忠道の供述部分は前示各証拠に照らし採用しない。特に、被告忠道は、原告らに対し被告敦好の窓口として自分に請求するように言つたと供述するが、被告敦好が無資力であることを認識し、かつ、被告忠道自身が少なくとも四、五〇万円程度補償する積もりでいたのであるから(同被告本人の供述により認める。)、言い訳に過ぎないことは明白であり、採用の限りではない。

2  原告らは、被告忠道が平成四年三月七日にお金で補償する、できる限りのことはする旨を語つたことから、これにより連帯保証契約が締結されたと主張し、前認定のとおり、同被告は、これと同内容のことを原告ら語つている。しかしながら、当日においては損害賠償の額が未定であり、また、被告忠道は「できる限りのことはする」旨を語つているのであつて、賠償額全額を保証し、資金の調達のために自己の本拠である家屋等を売却してまで支払う意思を確定的に表示したものとみるのは困難である。むしろ、同日は被害者の初七日の前日とういう当事者双方とも損害賠償についての確定的な話を冷静に行う時期ではなく口頭のみのやりとりであることも斟酌すると、被告忠道としては、被告敦好が無資力であることから、将来、合意の得られる金額分について連帯保証契約を締結する意思のあることを表明したに止まるものと解するのが相当である。その後の当事者間のやりとりをみても、被告忠道はできる範囲のことはする旨を繰り返し述べ、また、原告らは保証についての具体的な話をするために被告忠道を呼び出しているのであつて、これらの事柄は、未だ被告忠道がどの程度の支払いをするのかが合意されていないことを前提とするものであり、被告敦好の刑事事件の法廷における被告忠道の供述も、既に連帯保証したことを前提としたものではなく、将来、合意できる金額で連帯保証契約を締結する意思のあることを表明したとみるのが素直であつて、平成四年三月七日に連帯保証契約が締結されたと認めるのは困難である。

なお、弁論の全趣旨によれば、被告忠道は、将来合意の得られる金額につき連帯保証契約を締結する意思を表明したにもかかわらず、その後、右契約を締結することを拒否していることが明らかであり、右拒否を理由に何らかの法的義務が生じる余地があるとしても、そのことを理由に連帯保証契約の締結を認めることができないことはいうまでもない。

二  原告らの損害額

1  逸失利益について

甲一、四、七、原告斉藤訓に弁論の全趣旨を総合すれば、被害者は、本件事故当時六八歳であつて、定年後の再就職として東京ワツクス株式会社に勤務し、事故前年の平成三年は同社から三八三万〇七九九円の給与所得を得ていたこと、同会社は、特に定年の定めはなく、被害者が肉体的、精神的に就業が可能である限り被害者を雇用する予定であつたこと、被害者は健康であり、同人の被扶養者は原告斉藤定子一名であつたことが認められる。

そうすると、本件事故がなければ、被害者は、平均余命の二分の一の期間である七年間は就労が可能であると認められるから、右給与金額を基礎とし、生活費控除を四〇パーセントとして、ライプニツツ方式により中間利息を控除して算定すると、被害者の本件事故による逸失利益は、一三二九万九六九一円となる。

計算 383万0799×0.6×5.7863=1329万9691

甲一に弁論の全趣旨を総合すれば、原告斉藤定子は被害者の妻、同斉藤訓、同斉藤昌子はいずれも被害者の子であり、各原告が右逸失利益を法定相続分の割合で相続したことが認められる。そうすると、被害者の右逸失利益を、原告斉藤定子が六六四万九八四五円、同斉藤訓、同斉藤昌子がいずれも金三三二万四九二二円をそれぞれ相続したこととなる。

2  葬儀関係費用について

甲八ないし一三に弁論の全趣旨を総合すれば、原告らは、法定相続分の割合で、被害者の葬儀費用として一三八万七八九〇円、被害者の救護費用や死亡診断書作成費用として三万〇六〇〇円をそれぞれ負担したことが認められる。右葬儀費用のうち本件事故との相当因果関係のある分は、原告ら主張のとおり一二〇万円と認められるから、葬儀関係費用として、原告斉藤定子が六一万五三〇〇円、同斉藤訓、同斉藤昌子がいずれも金三〇万七六五〇円をそれぞれ負担したこととなる。

3  慰謝料について

被告敦好は、焼酎(二〇度、七二〇ml)の一〇分の七を飲酒した上で加害車両を運転し、睡眠不足と飲酒の影響で仮眠状態となつて歩行中の被害者にこれを衝突させて、頭蓋骨骨折により即死させたものであること、同被告は、右衝突後に被害者の救護活動をせず、そのまま逃走したのであり、このような本件事故の態様、同被告は、任意保険をかけていないのに、被害者請求による自賠責保険金以外の賠償を一切していないこと、同被告が勾留中に原告らと損害賠償の交渉に当たつた被告忠道は、連帯保証をする意図を表明していながら具体的な交渉に入らず、かつ、保証する金額としては四、五〇万円程度を予定していたと常識外れの言動をしていること、その他、本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、被害者が本件事故当事六八歳と高齢であつたことを斟酌しても、なお原告各人の慰謝料としては、次のとおり認めるのが相当である。

(1) 原告斉藤定子 一二〇〇万円

(2) 原告斉藤訓、同斉藤昌子 各六〇〇万円

三  損害の填補

以上損害の合計額は、原告斉藤定子につき金一九二六万五一四五円、同斉藤訓、同斉藤昌子につき各金九六三万二五七二円となるところ、自賠責保険により原告斉藤定子が一二四七万六九〇〇円、同斉藤訓、同斉藤昌子が各六二三万八四五〇円の填補を受けたから、残りの損害賠償金は、原告斉藤定子につき金六七八万八二四五円、同斉藤訓、同斉藤昌子につき各金三三九万四一二二円となる。

四  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、原告らの本件訴訟追行に要した弁護士費用は、原告斉藤定子につき金七〇万円、同斉藤訓、同斉藤昌子につき各金三五万円をもつて相当と認める。

第四結論

よつて、原告らの本件請求は、被告敦好に対し、原告斉藤定子につき金七四八万八二四五円、同斉藤訓、同斉藤昌子につき各金三七四万四一二二円、及びこれらに対する本件事故の日である平成四年三月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、同被告に対するその余の請求及び被告忠道に対する請求は理由がないから棄却すべきである。

なお、訴訟費用につき、民訴法八九条、九二条ただし書を適用した。

(裁判官 南敏文)

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